慶應義塾大学(塾長 伊藤公平)の医学部整形外科学教室の中村雅也教授、新川崎先端研究教育連携スクエアの小池康博特任教授(慶應フォトニクス・リサーチ・インスティテュート(KPRI)所長)とエア・ウォーター株式会社(代表取締役会長・CEO 豊田喜久夫、以下「エア・ウォーター」)は、2023年4月に共同で、世界初となるGI-POF(屈折率分布型プラスチック光ファイバ)技術を応用した注射針レベルの極細ディスポーザブル内視鏡の開発成功を発表いたしました。
以降、慶應義塾大学とエア・ウォーターは連携して、GI-POF極細内視鏡の画質向上にかかる光学レンズ性能の向上に努め、得られた成果については国内外の医学系・光学系学会や展示会等にて共同で発表を行っており、現在は整形外科領域における新たな関節内視鏡として、量産品質向上と薬機法認証に向けた準備を開始しております。さらに2023年の発表後、当初想定していた関節内部の観察のみならず、耳科分野や革新的がん光治療技術など様々な医療分野において極細内視鏡の応用研究を実施することとなりました。注射針レベルの細さにより、患者の痛みや感染リスクの低減につながり、効率的な医療の提供、ひいては医療費の適正化への寄与が期待されます。
つきましては、2025年4月21日にGI-POF極細内視鏡(Cellendo Scope)共同研究発表会を開催し、これまでの研究開発成果をご報告するとともに、各医療応用研究を先導いただいております先生方の、本内視鏡応用による医療プロセス変革への取り組みを発表いたします。
また、GI-POF技術は医療分野のみならず産業分野においても応用可能であると考え、市場のアンメットニーズを探求すべく、評価用極細内視鏡のレンタルサービスを2025年5月より開始しますので、お知らせいたします。
<本件のポイント>
・慶應義塾大学とエア・ウォーターは共同で、世界初となるGI-POF技術を応用した注射針レベルの極細内視鏡の開発に成功。関節内部の観察や耳科分野、革新的がん光治療技術など様々な医療分野において慶應義塾大学、東京医療センター、北陸先端科学技術大学院大学のそれぞれと極細内視鏡を活用する応用研究を実施。
・本技術は医療分野のみならず製造業など産業分野においても応用可能で、評価用極細内視鏡のレンタルサービスを2025年5月より開始。近年、社会問題となっているインフラの老朽化対策として、人が立ち入ることができない場所や手の届かない箇所においても正確な状況が確認でき、人手不足の解消や作業工数の大幅な改善につなげていきます。
<Cellendo Scopeの研究開発成果と今後の展開>
Cellendo Scopeは、画像伝送のためGI-POFレンズを採用しています。慶應義塾大学小池康博特任教授発明のGI-POF技術を応用したレンズは、高精細な画像伝送が可能であり、画像伝送解像度は約200LP/mm(1mmの幅に400本の線が見える)に達します(図1左)。本レンズは樹脂成型により製造が可能であり、φ0.1~0.5ミリメートルの細さを自由に選択できます。一般的な極細径内視鏡に用いられるガラス製のレンズと比較し、衝撃に対する耐性が高く、低コストでの製造が可能になります。
Cellendo Scope先端には対物レンズが、筐体部分には結像レンズとイメージセンサ、照明デバイスが搭載されており(図2)、先端部前方1~50ミリメートル、視野角約90°の範囲の画像を取得することができます。また、独自の照明光学系を有し、体腔内観察用の照明光照射はもちろん、同じ光路を通して内視鏡先端から特殊な光を体内に照射することも可能となります。
Cellendo Scopeの細径、高精細といった特徴は、より低侵襲(患者への身体的負担が小さい)な医療を実現します。また、光学的な多機能性を活かし、患部観察と光照射による治療を同時に実現する、新たな治療法の開発が期待されます。
エア・ウォーターは、低コストでの製造方法開発を進め、内視鏡先端部(図2)の単回使用(ディスポーザブル)化を目指し、経済的にもより負担の小さい医療に貢献します。



図1:左)GI-POFレンズと顕微鏡で撮影した解像度チャート、中)ヒマワリの花粉画像(約20µm)、右)北陸先端科学技術大学院大学 都英次郎教授提供 光合成細菌(Rhodopseudomonas palustris、体長約5µm)の極細内視鏡近赤外観察画像
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- 図2:Cellendo Scopeシステム構成
<産業・工業・農業分野への応用展開に向けて評価用極細内視鏡のレンタルを開始>
現在エア・ウォーターでは、Cellendo Scopeの医療向け研究を進めていますが、細径・高精細といった本製品の特徴を生かし、医療分野以外への応用展開の可能性を検討していきます。例えば近年、社会問題となっているインフラの老朽化対策として、人が立ち入ることができない場所や手の届かない箇所に本製品を活用することで、正確な状況の確認ができます。対象分野としては、以下が挙げられます。
①自動車関連:自動車の車体やエンジン検査の際、駆動部を分解することなく、内部の詳細検査を実施することが可能で、今まで見えなかった部分が可視化できます。
②道路・インフラ:道路の路面や橋脚の亀裂の発見とその内部の詳細な状態確認、下水道の配管内検査など、非破壊状態で観察でき、未然の対処につながります。
③工場関連・研究施設:工場の製品ラインにおける微細な不良の検査による生産効率や解析効率の向上に寄与することができ、人手不足の解消や作業工数の大幅な改善につながります。また、大学や研究施設などでは、今まで観察することができなかった極小細胞レベルの観察にも活用できます。
④農業・新分野関連:農業分野においては、農産物内部の生育状況の観察も可能で、新分野においては様々な研究と連携し新技術の発展に期待ができます。
また、本製品はスマートデバイスと接続することが可能なため、撮影した画像をリアルタイム通信によって遠隔地に共有することができます。
こうした様々な分野においてCellendo Scopeの活用が期待できるアンメットニーズをお客様と共に探求していくため、2025年5月より評価用極細内視鏡のレンタルサービス(月額6万円/台、税別)を開始します。
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- 図3:評価用GI-POF極細内視鏡
<特別講演:GI-POF社会実装への期待>
慶應義塾大学 小池康博特任教授(KPRI所長)
GI-POFとは、コア部に放物線状の屈折率分布を有し、マルチモード光ファイバ特有の信号劣化(モード分散)を最小化したプラスチック光ファイバである。高速性と低雑音性を兼ね備えるという特長を持ったこの技術は、データセンターの省電力化をはじめ、省電力性やリアルタイム性が重要要素となる自動運転、ロボティクス、高精細映像伝送等への適用も可能であり、今後の次世代情報産業を牽引するものと期待される。
そして近年、GI-POFは通信用途だけでなく、光学レンズ用途としても応用が可能なレベルに達している。モノファイバ構造やプラスチックという材料の特性を活かすことで、ガラスでは実現できなかった耐衝撃性や靭性に優れた極細光学レンズへとブレークスルーを果たした。GI-POFの新しいイメージング機器としての社会実装に期待したい。
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- 図4:超高速屈折率分布型プラスチック光ファイバ
<医療応用研究①「GI-POF技術を応用した硬性関節鏡システム開発のためのユーザビリティ評価と機能評価」>
慶應義塾大学医学部整形外科学教室 名倉武雄特任教授、小池一康助教
極細径でありながら高解像、安価といった特徴を有するCellendo Scopeは、整形外科学分野において、これまでMRIなどの画像評価では診断しにくかった関節内病変を局所麻酔のみで低侵襲に直接観察が可能であり、外来での術後経過観察など、臨床現場での応用可能性が幅広い。
一方、医療機器として広く受け入れられるためには、観察に適した画像表示やユーザビリティなど、医療現場に即した機能、性能が求められる。豊富な治療実績を有する本学整形外科教室は、現場に求められる内視鏡となるようエア・ウォーターとの共同研究開発を通じ、整形外科医の視点からサポートを行う。また、関節内の靭帯や軟骨組織などを観察する機能評価により、評価手段としての有効性を発表、GI-POFを応用した世界初医療用内視鏡の採用拡大を支援する。
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- 図5:GI-POF極細内視鏡による膝関節内観察イメージ
<医療応用研究②「極細内視鏡の耳科分野応用」>
東京医療センター聴覚障害研究室 神﨑晶室長
突発性難聴、顔面神経麻痺、外リンパ瘻といった疾患患者は本邦内で推計13.5万人にのぼる。これらの疾患においては、内耳や顔面神経の異常が原因となる。標準的な治療として内耳や神経の治療を目的とした全身ステロイド投与が行われる。効果がない場合には、鼓膜を小切開し、細径の内視鏡で病変部位(患部)を確認の上、薬剤を内耳や顔面神経に直接投与することで効果的な治療が期待される。
これまで既存の内視鏡を用いて同治療方法を試みたが、画像解像度の高い大径内視鏡では鼓膜切開が大きくなり、術後に鼓膜穿孔をきたすリスクがある。また、既存の極細径内視鏡を使用した場合には、画像解像度が低く、患部の確認が困難であった。Cellendo Scopeは細径と高解像度を兼ね備えており、当治療における患部観察に最適である。本年度の研究では、Cellendo Scopeを用い患部観察、薬剤投与を行い、薬効までの評価を目指す。



図6:鼓膜周辺模型のGI-POF極細内視鏡観察。左)外耳道からの内視鏡挿入、
中)鼓膜小孔切開、右)鼓膜内観察
<医療応用研究③「極細内視鏡と機能性ナノ材料を活用した革新的がん光治療技術の創製」>
北陸先端科学技術大学院大学 都英次郎教授
本学では、生体透過性の高い波長領域(650~1100 nm)のレーザー光により容易に発熱する特性(光発熱特性)を持つ機能性材料(カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、ナノダイヤモンド、高分子ナノ粒子、液体金属ナノ粒子など)を活用したがん診断・治療技術の開発を推進している。
本研究で用いるCellendo Scopeは体内深部に侵襲度低く穿刺でき、超音波では確認しづらい部位(骨内や頭蓋内)への穿刺、観察への応用が可能である。また、特殊な光照射によりがんに集積させた薬剤から発する蛍光を捉え病巣を視認し、治療のために調整した光照射を行うことができるといった特長がある。本研究において創製を目指す新たながん光治療法においては、従前のがん光治療法では治療用光の到達が不可能な光透過性の低い、また厚い脂肪層で覆われた乳腺癌や、硬質な骨に覆われた骨肉腫を標的とし、強い薬効を発現可能な新たな治療方法を開発する。
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- 図7:北陸先端科学技術大学院大学で開発した代表的な機能性ナノ材料の一つ
(磁場と光によって生体内で機能制御可能なナノトランスポーター)の外観
<用語説明>
・GI(Graded Index)型:光ファイバのコアの屈折率分布に勾配(高い部分から低い部分まで連続している)があるもの。反対にコアの屈折率分布が一様なものをSI(Step Index)型と呼ぶ。
・Cellendo Scope:GI-POFを採用した極細内視鏡シリーズ名。Cell(細胞)レベルの対象を診ることができるほどの解像度を持つEndoscope(内視鏡)の意の造語、商品呼称
・POF(Plastic Optical Fiber):ガラス材料の光学ファイバに対して、プラスチック材料の光学ファイバのこと。
・硬性内視鏡:主に外科手術用に使用される体内を観察するための内視鏡で、体内への挿入部分が硬く曲がらないもの。胃カメラのような挿入部分が曲がるものは軟性内視鏡と呼ぶ。
・ディスポーザブル:使い捨て可能の意味。一回のみ使用可能で、洗浄・滅菌しての再利用をしないものを指す。反対に再利用可能なものをリユーザブルと呼ぶ。
・機能性ナノ材料:ナノ材料とは1~100nm程度の超微粒子(ナノは10億分の1)であり、その粒子の小ささからバルク状態とは異なる新規な機能発現が期待されている。とりわけカーボンナノホーン、ナノダイヤモンド、高分子ナノ粒子、液体金属ナノ粒子といった機能性ナノ材料は、優れた物理化学的特性を発現し、バイオメディカル分野で注目を集めている。
以上
※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、化学工業記者会、各社科学部等に送信させていただいております。
<研究開発内容についてのお問い合わせ>
■エア・ウォーター株式会社 ウェルネス開発センター
お問い合わせフォーム
<配信元>
■慶應義塾広報室
Email:m-pr@adst.keio.ac.jp https://www.keio.ac.jp/
■エア・ウォーター株式会社 広報・IR 推進室
Email:info-h@awi.co.jp https://www.awi.co.jp/