エア・ウォーターは陸上養殖プラント販売事業への参入に向け、北海道東神楽町に陸上養殖プラント「杜のサーモンプラント・東神楽」を建設し、2023年5月から稼働を開始しました。それから1年半ほどが経過した2024年9月、養殖施設で2~3kgに育ったサーモンの試食会を実施しました。

 

陸上養殖には酸素やLPガス、人工海水などエア・ウォーターグループの主力製品を活用。加えて、遠隔監視・鮮度保持・食品分野の品質管理などの技術を組み合わせ、養殖プラントの設計施工・設備販売から飼育アドバイス、消耗品販売、メンテナンスまで一貫したパッケージで展開する「陸上養殖プラットフォーム」提供事業として、新たにサービスを展開していきます。

産業ガスメーカーが陸上養殖に参入した背景

産業ガスメーカーであるエア・ウォーターがなぜ、陸上養殖事業に参入するのか不思議に感じるかもしれません。

 

実は陸上養殖と産業ガスは切っても切れない関係にあります。魚を育てるのには酸素が必要となり、空気から供給するだけでは高密度に飼育することができません。酸素の製造はもちろん、酸素を水槽内に安定的に供給するための装置や配管といった設備の設計・施工にも産業ガスのノウハウが活かされているのです。

 

養殖プラントの運用に必要なエネルギー、酸素、人工海水の供給、鮮度保持、遠隔監視の技術に至るまで、エア・ウォーターグループの技術力を集結した施設だと言えるでしょう。

「杜のサーモンプラント・東神楽」外観
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「杜のサーモンプラント・東神楽」外観

 

「杜のサーモンプラント・東神楽」では、年間30トン(1万2000尾相当)のサーモンを出荷することができます。育てた魚は、地域の特産品として飲食店に提供するほか、将来的には東神楽町でブランド化したものをふるさと納税の返礼品などとして活用する予定です。

 

このプラントで高品質なサーモンの出荷、事業性を実証した後、自治体や漁協、外食チェーン店、食品商社などに対する陸上養殖プラント販売を主として、陸上養殖プラットフォーム事業を計画しています。

 

「杜のサーモンプラント・東神楽」は、寒冷地での陸上養殖における質の高いサーモンの育成、最適な酸素供給や遠隔監視などの陸上養殖関連ツールの開発、淡水・海水の排水利用と処理技術の開発などを進め、より高品質な陸上養殖プラントを提供するモデル事業です。エア・ウォーターは陸上養殖プラントのパッケージ化に向けて歩み始めました。

 

北海道に養殖場を築いたのにも理由があります。本州では温暖化の影響で河川水、海水温が上昇し問題となっています。サーモン飼育には水温が15~18℃までが最適と言われており、夏場に水を冷やす必要がなく、涼しい風土でのびのびと成長できます。特に東神楽町は地下水が豊富で水質が優れているため、上質なサーモンの生産に適しています。様々な企業が北海道でのサーモン養殖に興味を持ち、挑戦しようとしています。


さらに、北海道で漁獲量の縮小や漁業従事者の高齢化、減少が進む中、この地で陸上養殖を実証することに大きな意義があります。陸上養殖事業への参入は、産業ガスから得たノウハウを活かせるだけでなく、地域が抱えている課題を解決し、食料自給率の向上に寄与する可能性を持っているのです。

輸入品が多いサーモンにこそビジネスチャンス

今や、サーモンは寿司ネタとして人気になりました。月に1回以上、回転寿司店を利用する人に対する調査で好きなネタの1位は「サーモン」。なんと調査開始以来13年連続で1位を獲得しています(マルハニチロ「回転寿司に関する消費者実態調査2024」)。日本では寿司ネタの人気はマグロで、サケは焼いて食べるのが常識でしたが、1990年以降にノルウェーやチリの海面養殖による生食用のサーモンが大量に流通するようになり、「サーモン」という言葉とともに生で食べるのが日本でも定着しました。


※天然物のサーモンは寄生虫のアニサキスがいるため生食ができません(一度冷凍が必要)が、養殖サーモンは加熱処理した餌のみを与えるためアニサキスの心配がありません。

 

国内のサーモンの消費量は年間約30万トン。8~9割はノルウェーやチリなど海外から輸入しており、世界情勢などで価格が安定せず高騰しています。そこで注目されているのが、国産のご当地サーモン。国産・生の最高品質で、食卓やレストランにサーモンを届けようというものです。

 

国内でのサーモンの養殖は、輸入食材では実現できない品質を提供することに貢献でき、品質だけでなく円安や石油価格の上昇による輸入食材の高騰、フードマイレージの観点からも有益です。13年連続で人気の寿司ネタとなっていることからも、サーモン需要が減退する懸念もないと言えるでしょう。

 

人口増加が著しいインドでもサーモンの人気が伸びており、世界的にも動物性たんぱく質の不足、魚食文化が普及している背景からも国内サーモンの需要は高まっています。サーモンの養殖事業は、伸びしろを秘めたビジネスなのです。

環境負荷が低い半閉鎖循環式陸上養殖とは?

陸上養殖にこだわっていることにも理由があります。

 

養殖は海面養殖がよく知られていますが、海面養殖を行うにはいくつかの課題があり、漁業権も必要です。また、海水温の上昇や時化などにより安定的な生産ができないことがあります。さらにはエサの食べ残りが海を汚染し、富栄養化、赤潮の発生を招くなど漁業被害をもたらす要因にもなります。2021年9月には北海道においても赤潮が発生し、ウニ、鮭、つぶなど総額97億円の被害が出ています。


「杜のサーモンプラント・東神楽」は飼育水を循環させ、微生物処理により水を浄化、リサイクルする半閉鎖循環式を採用しました。環境負荷をできるだけ抑え、水の加温などに使われるエネルギー消費を抑えた設計にしています。また、IoTによるデータ管理や遠隔監視をすることで、再現性が高く安定的な生産を実施しています。飼育する水に酸素を溶かすことで高密度飼育が可能になり、事業性を高めることができます。

 

エア・ウォーターは、中小規模でも採算の取れる養殖プラントの設計施工・設備販売から飼育指導、メンテナンス、消耗品供給までを一つのパッケージとして提供しています。環境負荷を抑え、低コストで迅速にビジネスを行うことができます。

陸上養殖に必要な酸素などの産業ガス、人工海水の供給なども含めてグループで対応
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陸上養殖に必要な酸素などの産業ガス、人工海水の供給なども含めてグループで対応

ご当地サーモンとして刺身を提供したいという声も

2024年9月に東神楽町で実施した試食会では、地元で飲食業を営む方などおよそ50人が参加しました。地域の特産品開発に活かそうと、多くの人に集まっていただきました。


試食会では2~3kgの大きさに育ったサーモン5匹を刺身や炙りなどで提供し、今後の東神楽町の特産品となり得るサーモンに非常に関心をお持ちいただけました。試食後アンケートを実施し、味はもちろん、陸上養殖を行う上での課題である匂いについても好評いただきました。

ご来場者を惹きつけたのは、サーモンを冷凍などせずに「生食」ができること。天然物や海面養殖のサーモンを生食するには、海水に含まれるアニサキスなどの寄生虫がいるため48時間以上冷凍しなければなりません。一方、「杜のサーモンプラント・東神楽」のサーモンは地下水で飼育し、加熱処理した粒状の餌を与え、さらに抗生物質などの投薬も行っていません。そのため、皆さまに安心して召し上がっていただける生サーモンができました。

 

東神楽町内の飲食店や温泉施設、さらに近隣ゴルフ場の方まで「今までにはない町の特産品サーモンをぜひお店で活用したい。非常に美味しかった」と熱烈なオファーを受けました。現在は地域の皆さまにご活用いただけるよう、美味しいサーモンの出荷に向けた準備を進めています。

 

エア・ウォーターは陸上養殖事業を加速させるため2023年7月、FRDジャパンによる第三者割当増資を引き受けました。積水化学工業や長谷工コーポレーション、STIフードホールディングスなどと共同で行ったもので、当社は50億円を出資しています。FRDジャパンは巨大なサーモントラウトの陸上養殖商業プラントを運営しており、今回の出資によって飼育効率の最適化や酸素供給などの協業体制を強化します。杜のサーモンプラント・東神楽にもその技術、飼育ノウハウを反映させ、より事業性の高いプラントにブラッシュアップしています。

 

さらに、当社が手がける2025年完成予定の「地球の恵みファーム・松本」では、発電設備から出る排熱を利用した陸上養殖も行います。松本では主にスマート養殖プラントや付帯設備を開発していきます。

 

これからも、エア・ウォーターグループは養殖技術を磨き込み、魚種や育成環境拡大に向けた取り組みを推進していきます。

 

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【ニュースリリース】陸上養殖プラント「杜(もり)のサーモンプラント・東神楽」が稼働開始 ~ 陸上養殖プラットフォーム提供事業に参入し、食料自給率向上に貢献 ~ 

更新日:2024年12月