2022年5月、北海道十勝地方に位置する鹿追町で水素ステーションの開所式が催されました。そこには、水素をエネルギーとして走る燃料電池自動車※(FCEV:Fuel Cell Electric Vehicle) が10台以上揃い、地元選出の国会議員や北海道副知事が来賓として参列、新聞社やテレビ局などのメディアも大勢集まりました。

 

この水素ステーションを運営する「しかおい水素ファーム」が注目を集める理由はいったい何か?

それは、ここで作られる水素の原料が「牛のふん尿」だということ。臭くてやっかいものだったふん尿を水素に変換し、エネルギーとして活用する取り組みが国内で初めて社会実装されました。世界的にカーボンニュートラルの動きが活発化する中、エア・ウォーター北海道と鹿島建設が合弁会社として立ち上げた「しかおい水素ファーム」と、資源循環型の水素供給事業についてご紹介します。

 

※燃料電池で水素と空気中の酸素を化学反応させて電気を作り、その電気でモーターを回して走行する自動車です。走行時に排出するのは水だけで、二酸化炭素(CO\( \sf _2 \))や硫黄酸化物(SOx)を排出しません。

酪農が盛んな北海道鹿追町にある「しかおい水素ファーム」

北海道鹿追町は、十勝平野の北西に位置し、農業と観光を基幹産業とする人口約5,200人の町。十勝地方は国内有数の酪農地帯であり、中でも鹿追町の生産乳量は年間10万トンを超え、管内トップクラスです。しかし、酪農が盛んな地域で共通する悩みがあります。それは、ふん尿・堆肥の臭いやその管理。酪農を続けていくうえで避けては通れない課題です。鹿追町では、周辺の環境改善と農業生産性の向上を図るため、町内に2基のバイオガスプラントを整備し、地域資源循環型のまちづくりを推進されています。

バイオガスプラント原料槽
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バイオガスプラント原料槽

バイオガスプラントは、家畜ふん尿や一般家庭から排出される生ごみをメタン発酵により資源化する施設です。ここから発生するバイオガスを電気・熱などのエネルギー源として、さらに発酵の過程で発生する消化液を有機肥料として使うことができます。鹿追町では、バイオガスで発電した電気を固定価格買取制度(FIT)を活用して売電していますが、このエネルギーをさらに有効利用できないかと模索している際に選択肢となったのが、次世代エネルギーとして期待が高まる「水素」でした。

 

その後、エア・ウォーターや鹿島建設ほか2社と7年間の実証事業※の期間を経て、「㈱しかおい水素ファーム」が設立する運びとなりました。
※鹿追町をフィールドとして環境省が推進する「地域連携・低炭素水素技術実証事業」

牛のふん尿からつくった水素で、町にクルマが走る

しかおい水素ファームでは、以下の4つの段階を経て、家畜ふん尿の処理施設であるバイオガスプラントからメタン発酵により生成されたバイオガスの供給を受け、水素をつくり出します。

1.家畜ふん尿を発酵させバイオガスを発生・・・バイオガス

バイオガスはメタン(CH\( \sf _4 \))約60%、二酸化炭素(CO\( \sf _2 \))約40%を含む

 

2.バイオガスからメタンガスを抽出・・・・・・メタンガス(CH\( \sf _4 \))

膜分離プロセスにより二酸化炭素を取り除く

 

3.メタンガスから水素と一酸化炭素を発生・・・CH\( \sf _4 \)+H\( \sf _2 \)O→3H\( \sf _2 \)+CO

水蒸気改質反応

 

4.一酸化炭素と水蒸気を反応させ水素を発生・・CO+H\( \sf _2 \)O→H\( \sf _2 \)+CO\( \sf _2 \)

水性ガスシフト反応

水素発生装置
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水素発生装置

バイオガスは、メタンガス(約60%)と二酸化炭素(約40%)が含まれるため、膜分離方式により、二酸化炭素を取り除きメタンガスを抽出。その後、エア・ウォーターの水素発生装置で3・4の工程を経て、水素が発生する仕組みです。なお、水素と一緒にCO\( \sf _2 \)も発生しますが、家畜のエサである牧草は、生育段階における光合成によって大気からCO\( \sf _2 \)を固定化しているためカーボンニュートラルなものです。 

ここでつくられた水素は、水素ステーションにて高圧化し、燃料電池自動車の燃料として充填・販売しています。将来的には、燃料電池フォークリフトの燃料として充填・販売するほか、水素を高圧容器で貯蔵・運搬することで、燃料電池用や産業用の水素ガスとして販売することを目指しています。

鹿追町に導入された燃料電池自動車
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鹿追町に導入された燃料電池自動車

乳牛1頭が1年間に出すふん尿から製造する水素で、燃料電池自動車が走れる距離は、約10,000km。これは、自家用車の平均的な年間走行距離に匹敵します。水素の充填時間は3分程度とガソリン自動車と同等で、1回の水素充填で走行可能な距離は約750km※、札幌まで往復しても燃料には余裕があります。

さらに、鹿追町では、役場の公用車として燃料電池自動車を10台、さらにJAや金融機関などの民間企業でも合わせて9台、合計で19台が導入され、水素ファームで作られた水素を燃料として町内を走行しています。水素社会の実現に向けては、インフラ整備以上に利活用の促進が重要です。水素エネルギーを利用する人が増えることは、より一層のCO\( \sf _2 \)削減につながります。

※メーカーホームページ参照

地産地消の資源循環型社会の実現に向けて

エア・ウォーターは、現在、多様な事業領域を活かし、「地球環境」と「ウェルネス(健やかな暮らし)」の2軸で、気候変動や超高齢化社会などに関わる「地域の社会課題解決に貢献する事業」に取り組んでいます。なかでも、地球環境に関する領域で力を入れているのは、地域循環型のエネルギー供給モデルの構築です。

これまでは、ゴミとして捨てられていた、食品残渣・家畜ふん尿・間伐材といった未利用資源を、自社の技術により再資源化し、エネルギーとして活用する取り組みを進めています。一般的に、小規模かつ高コストなため、今まで普及が進んでいませんでしたが、昨今の脱炭素をめぐる社会ニーズの変化を受け事業化を加速しています。水素がもつ「環境価値」を活かした「しかおい水素ファーム」は、その先例にあたります。

鹿追町は、畜産ふん尿の処理過程で得られるバイオガスを利用して町の脱炭素化を図る先進性が評価され、環境省が公表した「第1回脱炭素先行地域」に選ばれました。また、北海道は、2050年までに道内の温室効果ガス排出量を実質ゼロとする「ゼロカーボン北海道」を宣言しています。エア・ウォーターは、こうした地元自治体や大学・研究機関などと相互に連携・協力しながら、技術開発やビジネスモデルの実証を進めています。

2022年現在、世界的なエネルギー価格の高騰が続く中、「地産地消」型のエネルギーの価値はますます高まると予想されます。エア・ウォーターは、鹿追町での取り組みを横展開し、地域特性を最大限に生かした地域循環型のエネルギー供給システムを通じて、サステナブルな社会の実現に貢献していきます。

掲載日:2022年10月