キャリア・プレビュー

ベテラン社員の仕事クローズアップ① 北川裕二の仕事 経営企画部 1997年入社

国内トップシェアメーカーのM&Aにたずさわる、責任の大きなしごと

エア・ウォーターにとってM&Aは事業展開の強みであり、そのダイナミズムに注目する学生も多い。北川は、まさにそのM&Aに深く関わる業務に従事している。
北川が携わった案件のひとつに、製塩事業で国内シェアトップの(株)日本海水の買収がある。案件が動き出したのは、2006年の冬のこと。
当時、グループ会社としてタテホ化学工業(株)では、マグネシウム化合物の原料である「にがり」の安定確保を目指すため、原料購入先である日本海水へ出資を行った。一方で、エア・ウォーター本体としては、海水そのものが持つ新たな資源としての可能性に着目し、さらなる出資を検討していた。

「エア・ ウォーターは、AirとWaterの会社。海水から『塩塩』と『マグネシウム』を取った残りのWaterへの着目も経営判断の背景にあったと聞いています。」

にがりの中にはマグネシウムの他にも、たくさんの貴重な微量元素が含有されている可能性があるが、現在の技術ではその抽出および有効活用が実用化されていないと いう。そこで、日本海水をグループに迎え入れることにより、海水中に含まれる未抽 出資源の活用や水処理技術をもとに、海水産業の新たな創出に取り組んでいこうと考えたのだ。
このような経営ビジョンを受けて、日本海水のM&Aに 向けた業務を担ったのが、北川が所属するグループだった。北川は、日本海水の企業価値評価やM&Aによる業績への影響の検証、国内のにがりバランスや、海水資源の有効活用技術動向の調査、M&A後のシナジー創出の可能性検討などを担当した。

「実は、経営企画部に配属される前は、2年間ほどタテホ化学工業の開発部隊とともに、海水由来の水酸化マグネシウムを主成分とする難燃剤の開発に取り組んでいました。そのような経験を買われ、タテホ化学工業とにがりの関係であるとか、海水中の有効成分はどうであるかとか、また日本海水の事業や技術などについて経営陣への提出資料の作成や買収効果の検 証などを担当しました」

また、日本海水のグループ化を彼自身はどのように評価しているのだろうか。

「マグネシアの需要が世界 的に伸びているなか、日本海水がグループに入ったことで、エア・ウォーターとしては非常に協調して事業がやりやすくなったといえます。また、シナ ジーも生まれています。エア・ウォーターでは、飲料用ミネラルウォーターも製造販売していますが、そのミネラル分についても、独自の海洋由来ミネラルの開発に成功しています。また物流については、重量物である塩の物流の合理化という面から、グループ会社であるエア・ウォーター物流の役割も期待されています」

上司をはじめ、各事業部のスペシャリストや弁護士、公認会計士など専門家のサポートを仰ぎながらの作業だから、自分自身が物凄い仕事をこなしているわけではないと北川は謙遜するが、企画担当者として社内人脈が広がってきていることは確かだ。
エア・ウォーターの、「技術やネットワークを相互活用したグループシナジーを創造できるかどうかが大きな柱」だと北川はいう。今後もM&Aはエア・ウォーターの事業推進、拡大を図るうえで重要な柱となっていくことだろう。

北川がM&Aにたずさわった日本海水は、「塩」で国内No.1の生産量を誇るトップメーカー

M&A要員としては異色ともいえる、研究開発からの転身

M&A分野で活躍した北川だが、彼自身大学時代からこのような仕事に就くうえでの才能や知識を学んできたかといえば全く違う。

北川は大学時代、自然科学研究科で物性物理化学を専攻し大学院にまでいったバリバリの理系人間。1997年、エア・ウォーター入社後は堺研究所に配属された。1999年には環境素材開発プロジェクトに配属され、新規事業として立ち上がった難燃剤事業で技術営業を担当する。大学、大学院と、結晶畑一筋に取り組んでいた北川には、水酸化マグネシウムの結晶を扱う難燃剤も割と入りやすい分野だった。しかし、技術営業への配属にあたっては、やはり違和感があっただろう。

「正直、異動を命じられた時は、エッ?という感じでしたね。しかし、なぜ私なのか。よく聞くと、新規で立ち上げる事業、新しい技術、主な売り込み先は技術者となるので技術的な知識や感性が必要になる、だから君なんだ、というようなことを言われ、そういう意味では研究室を飛び出して活動するのも面白いのではないかなと思いました」

研究者や技術者と会えた時には、技術的な話でどんどん盛り上がり、楽しかったというが、購買や資材の担当者のところをまわることもあり、コスト面などでかなりシビアに突っ込まれたこともあるという。ビジネスの百戦錬磨の猛者たちの厳しい洗礼もまた北川の度胸を鍛えあげたのだろう。

そしてその2年後、会社が新しい製品開発への着手を検討していた時のこと。技術営業を通して現場感覚を養っていた北川に白羽の矢があたり、再び研究最前線へ戻る。

「2年間、エア・ウォーターの開発要員としてタテホ化学の開発部隊に単身派遣され、開発に従事することになりました。“技術営業の経験を通して北川なら市場感覚もあるだろう”ということも背景にあったのだろうと思います」

技術開発のテーマは難燃剤の小粒径品の開発だ。当時、1μmほどの粒径の製品はすでにあったが、それよりもさらに微細な小粒径品の技術開発がミッションだった。

「小粒径化によって難燃剤の用途がより広がることは確かでしたが、いかんせん技術的にはかなり難しかった。当時はどこの会社にも未だ実現していない技術でした。私は、ラボスケールでの実験から商業生産に備えた製造条件の確立を担当したのですが、未だないものを創っていくという意味では非常にやりがいがありましたね」

最終的にはパイロットプラントでの製造にも成功し、サンプル品も作り上げた。その顧客評価は高く、市場投入まであと一歩というところまで行った。しかし、難燃剤事業そのものが当初想定していたほど市場の伸びや広がりが期待できず、その時点で難燃剤の製品構成変更が決定された。

「せっかくここまで来たのにという思いがあっただけに正直、残念でした。しかし、その時、常に市場を見据えて事業化・方向転換を判断する経営陣の視点の確かさ、経営判断の速さに感心したのを覚えています」

研究室の中での開発とは違い、事業はつねに市場という生き物を相手にダイナミックに動いている。そう実感したのもこの頃なのだろう。
北川は、やがて、そのダイナミズムのなかへ自ら身を投じることになる。2006年、M&Aを取り扱う最前線である経営企画部への配属を命じられる。そして2006年末より、先に述べた日本海水の株式取得案件の仕事に携わることになる。

視野が広がり、会社の全体が見えるようになってきた

研究、技術営業、開発、そして経営企画と歩んできた北川だが、彼自身、現在の仕事をどのように考えているのだろうか。

「この仕事に関わることで、会社の全体をようやく見ることができるようになってきたと思います。最初は研究でラボだけ見ていた。次に技術営業の仕事で世間が見えてきた。今は経営にも近いところにいますので、会社の運営というか事業の運営がだんだんわかってきた。自分の知識が日々広がって行っているのを感じます。それもバラバラではなく、事業各部の働きを統合してどのような事業になっているのか、どのように成長のスパイラルを描いていこうとしているのか、最近やっとわかってきたように思えます」

経営企画は、市場理解、事業理解に加え、法務や経理などの知識も時には必要になってくる。入社当時、今の姿など想像もしていなかったに違いない。

「正直、自分でもここまでやることになるとは思ってもいなかったですね。一つの案件に絡むと、たとえばM&Aに関してもそうですが、まず市場の知識がいる。対象会社の技術や、企業価値評価について調べないといけない。さらに、実際の契約にあたって契約書を作らないといけないので法的な知識もいるし、M&A後のシナジーの創造を含めた事業計画も策定しなければならない。減価償却がいくらかかるか、経理的な知識も求められる。とにかく、今の仕事はあらゆる意味で幅広い知識が問われます。上司や弁護士、公認会計士などにいろいろと教わりながら、常にトライする日々です」

しかも実際の仕事では、初めてだからとか、まだ勉強中なのでという言い訳は成り立たないし、許されない。自分の作った資料がそのまま経営判断を左右する場合もあるわけだ。実際、上司からもそのつもりで作るようにと常々言われているという。

「責任の重さはとても感じています」

とはいうものの、エア・ウォーター自体の事業のダイナミズムを感じる今の仕事に就けたことを喜んでいる北川の姿がそこにある。とりわけM&Aに関連した仕事に就くようになって北川が驚いたのはそのスピードだという。

「経営企画に来る前から、M&Aという言葉はよく耳にしていたし、数年がかりぐらいで交渉するイメージだったんです。ところが、実際には数か月単位で物事はドラスティックに動く。とくにエア・ウォーターの場合は、経営判断が的確かつスピーディに下されます。経営判断としてM&Aを決断したら、先方と速やかに交渉し、そこにある課題を早期にクリアしてなるべく早くクロージングまでもっていくことが求められます。当然、さまざまな分析や資料の作成、事業計画策定などの作業にもスピードが求められます。1年では遅すぎる、時間がかかってせめて半年ぐらい、それがエア・ウォーターの時間です」

これしか出来ないとは思わずに、なんでもやってみよう!

最後に、このコメントを読んでいる後輩たち、とくに理系に学ぶ学生へのメッセージを聞いてみた。

「経営企画の仕事は文系と思われがちです。実際、他社の人と話すと経理などをやっていた人も多い。そのなかで私のような技術畑の出身は異色ともいえるでしょう。でも理系、技術系ゆえの強みと無縁かというとそうでもない。これからは技術的な目をもって案件を探すこともあるかもしれません」

その意味でも、自らが置かれた局面局面で常に幅広く関心を持ち、柔軟性をもって対応していくことが大事だという。北川自身、仕事はもちろん私生活でも、“これしかできないと思わず、なんでもやろう!”という精神で臨んでいるという。

「どうしても理系だとその分野にものすごくのめり込んでしまう面がある、それは好きこそものの上手なれというように、興味をもった分野に突っ込んでいくのはいいですけれど、なるべく幅広くいろんな、関係ない分野の雑誌や論文などにも目を通しておくのがよいかと思います。また理系の方に敢えて言うとしたら、大学時代の専攻や研究テーマが就職後もそのまま続けられるということは、他社も含めてまずないと思います。その先がどうなるかわからない。何もマイナス思考で言っているのではありません。その先がわからないということをプラス思考でとらえることで、将来に柔軟に対応していくことができる。理系で鍛えたロジカルな思考や、技術的に何かに特化した知識のバックボーンを持ったうえで、“柔軟な対応力”を心構えとして持ち続けることで、自分でも想像さえしていなかったようないろんな可能性が広がっていくと思います」

エア・ウォーターはいろんな知識や能力をもった人、いろんな会社からさまざまなキャリアを持った人が、M&Aを通じても集まってきている。会社のなか、グループのなかに、あらゆる知識と人の資源があふれていて、それを貪欲に吸収していくことができる。それが、この会社で働く魅力ともいえるだろう。

北川は自信をもって言い放つ。

「本人がその気になれば、ものすごく勉強できる。いろいろな知識と情報、事業のダイナミズムをどのように吸い上げ、活かしていくか、そのストーリーさえ自分で創り上げられれば、活躍できるフィールドはいくらでもある。無限に広がっていきます」

彼のこれまでの歩み、そして成長を目の当たりにした時、“これしかできないと思わず、なんでもやろう!”という柔軟性を持つことが、自らを変えていくうえでいかに大事なことか。
またそれを支え、可能にしてくれるエア・ウォーターという場の持つ力を感じずにはいられない。

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