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前川 譲治

ベテラン社員の仕事クローズアップ2 前川譲治の仕事

与えられる仕事から自ら取組む仕事への脱皮

写真:前川譲治入社してすぐ財務グループに配属、4年目にしてグループ会社へ管理部長の後任として出向。その後、本社に戻り、内部統制プロジェクトのサブリーダーに。経歴だけ追うと、前川という男、とんでもないやり手に見える。水を得た魚のように、持てる才能をがんがん発揮しながら、何の迷いや躊躇もなくここまでやってきかたに見える。でも、実際のところはどうなのだろう。
前川は大学で経済史を学んだ。卒業後は営業職を希望していた。営業としてがんばるなら、舞台は大きいほうがいい。そう思って、大阪に本社を置く会社で全国展開をしている企業を探す。意中の会社として選んだのが、エア・ウォーター(当時は大同ほくさん)だった。
採用試験を無事通過し、さあいよいよ営業人生の第一歩に立つぞと思っていた彼の配属先は、意に反して財務グループだった。
「なんの因果か、管理系に配属されました。当初は受取手形の管理、銀行回りをして預金の設定をする、借入金の申請をするといった作業が多かったですね」
業務経験のない新入社員ゆえに、作業が主業務であるのはある意味仕方ないことではあるものの、モチベーションが落ちかねない状況。しかし、前川は違った。気持ちを切り替えるスイッチとなった出来事があった。
「財務の仕事でも、経理の基本である仕訳作業は出てきますが、データさえ入力すればあとはシステムが自動的に仕訳を計上してくれます。ある程度の会計知識は必要なのですが、詳しくまではいらないわけです。私自身、詳しい仕組みも分からないまま、なんとなく最初の1年が過ぎ、言われるままに仕事をしながら2年目に突入。そんなある日のこと、新入社員の女の子から、このデータを入れたらどういう仕訳が起きてどうなるんですか?と聞かれました。格好悪いことに答えられませんでした」
前川は、基本的なことさえ知らずに業務をやっていたというより、知ろうともせずに業務に向き合っていた自分に気づいた。
「こんなことではダメだと思い勉強をし直しました。また、自分が今携わっている仕事の範囲だけに満足してはいけないとも思いました」
スイッチは入った。前川は財務・会計関連の本を買い揃えて一から学び始めた。エア・ウォーターという会社についてもより詳しく研究するようにした。財務は外に出て回るような仕事ではなかったが、積極的に自ら各部署にも顔を出すなどして、いろいろな人と進んでコミュニケーションをとるようにしたり、財務・会計なり会社の知識をもっとちゃんとしようと勉強を始めた。実際に勉強したり動き出したりして見ると、その頃の自分は、ある程度のことさえできればこなせる仕事しかやっていなかったことに気づいた。上司や先輩の仕事のやりかたを注意深く観察し、仕事のやり方や報告書のまとめ方などを積極的に考えようと思うようになったのもこの頃からだった。入社3年目に入ろうとしていた。
「上司や先輩に、私の仕事の範囲を広げさせてください、もっと仕事を学ばせてくださいとお願いして、資金繰りの仕事など、少しずついろいろ仕事を広げていきました。そんなに仕事がしたいのかと冗談も言われましたが、頑張る分には構わないからやってみたらということで快く仕事を教えてくれたり、まわしてもらえたりしました」
先輩が資料を作るとき、同時に自分でも同じ課題で作ってみたうえで見比べてみることで、先輩の着眼点や整理術を学び、自分に足りないものを分析し、積極的に教えを請うようにした。「なんとなく何かが見えてきだした頃だった」という。

そして3年目、突然、チャンスは訪れた

写真:前川譲治それは、社員2級から1級になる人事面接があった時のこと。前川の記憶をたどれば、以下のようなやりとりがあったという。
人事 「何があなたの仕事のメインですか」
前川 「受取手形と借入金の管理です」
人事 「それは財務の一番中枢の仕事ですか」
前川 「いやそうじゃないですね」
人事 「じゃ、財務部として何を会社のためにすべきなのでしょう」
前川 「資金の効率的な活用や調達ではないでしょうか」
人事 「では、キミが今やっていることはその目的にどう貢献する仕事なのですか。あるいはその目的に対してキミはどう考え仕事に取り組んでますか。」
前川 「・・・・・・・・・」
人事 「それじゃ、君にはもっとやりたい仕事があるのですか」
前川 「もうちょっと仕事の範囲を広げてみたいと思っています」
面接後、しばらしくて前川に辞令が出た。北九州大同ほくさん(現北九州エア・ウォーター)へ管理部長の後任としての出向だった。
「10月中旬に辞令が出て11月2日に着任。ただ3日は祝日だったので、4日に出社しました。するといきなり、事情があって退社される方から退職金を払ってほしいという申し出があったんです。社内規程を調べてみると、退職金は退職後5日以内に払うことになっていました。その方は10月末日に退職されていたので、明日が期日だったんです。とはいえ、とてもじゃないが今日着任したばかりで明日までなんて無理な話。何をどうすればいいのかもわからない。退職金の計算方法さえ分からず慌てました。その件は、相手の方にしばらく時間をいただくことで了承をとり、待っていただいている間に急いで勉強し、なんとか無事お支払いすることができましたが、万事がそういう感じで、まったく今までやったこともない業務課題に次から次へと直面しました」
というのも、実質的には管理部長としての出向とはいえ、部下がいたわけではない。上司は社長だけ。ちょうど各地の営業拠点を地域事業会社として組織し、地域密着型経営の展開をし始めたばかりの頃。その会社も設立してからもそんなに間がなかったこともあり、体制が十分できていなかったという。そこに、財務については多少なりとも専門知識を持っていたが、経理や人事、総務の業務知識などほとんどなかった前川が業務一式を統括する立場、しかもたった一人の実務者として赴任したわけである。
「広い事をやってみたい」という前川の希望どおりになったわけだが、思いのほかの幅広さに前川は戸惑い、慌てた。そして腹を括った。
「とにかく3月末までに今まで積み残しになっている経理の案件をすべて完了させるとともに、今後の課題を洗い出してしまおうと決めました。その旨を社長に報告・相談を差し上げ、来年4月1日からは新しいやりかたでやらせていただくことをご了解いただいて年末、正月をほとんど休まずに経理関係の整理にあたりました。知識がないものですから並行して実務関連も必死で勉強しました。やるのは自分しかいないというまさに切羽詰まった状況、とにかく無我夢中でした」
一度腹を括った人間の底力は計り知れない。前川は、3月末にほぼ目処をつけ、決算数字も固めることができた。そしてその時点で次の新たな目標を創った。
「新しいかやりかたを確立しいかに浸透させていくか、あるいはエア・ウォーター本体が向いている方向に今自分が考えていることは合致しているのか、というようなことを確認し実践することを2年目の課題としました」
経理や人事、総務関連の仕事については前川自身、自学しながら、業績管理については社長のサポートのもとでなんとかこなしていった。特に、それまでは事業のことなどはほとんど詳しくなかっただけに、業績管理の方法については社長のきめこまかな温かい指導を得られたことは大いに力になったという。
北九州時代も3年目を迎える頃になると、新しいやりかたも確立し、日々の業務も卒なくこなしていけるようになった。
「とはいえ、3年、4年と経つと、新たに何かを変革するということが難しくなってきます。他の人が見れば、きっとどこかに穴があるのが見えるのでしょうけれど、そればかりと向き合ってずっとやってきた当事者には分かりづらい面もあるのではないか、そう思い始めました。そろそろつぎの担当者へバトンタッチをするべき時期かもしれないということで、4年目を迎えて本社の人事に異動の希望を出していたんです」

さらに大きなステージで自分の力を試してみたい

写真:前川譲治子会社で一通りのことをやらせてもらえたことで、前川自身、一回りも二回りも大きく成長を遂げていた。必死で踏ん張った得た経験、経理や人事、総務関連の業務知識や業務スキルに加え、会社の業績管理にも関わることで見えてきた次のステージ。
「子会社で勉強させていただいたので、少し大きなステージで仕事をやってみたいなという思いもありました」と言う。希望は叶い、2003年、前川は本社に戻る。
エア・ウォーターグループは、その頃になると子会社を数多く擁するようになっており、各社の経理や給与関連の効率化をとおして経営の効率化を進めようという動きがあった。前川は、間接部門の効率化を推進する専門部隊として組織された「シェアードサービスセンター 企画グループ」への配属を命じられ、その推進に力を注いだ。そして、2年後の2005年には、その折、世間を賑わせた会計不祥事などから「財務報告に係る内部統制の報告制度」の義務化への動きがあり、内部統制システムの構築へ向けて実施体制・計画の構築、業務標準化の実施などの推進を担うこととなった。2006年11月には本格的に対応すべく「内部統制プロジェクト」が発足し、チームへ。“内部統制の前川”へ、この異動が前川の新たな成長を方向づけることになった。
前川は、立ち上がったばかりの内部統制プロジェクト(当初、第1フェーズは、専任1名、兼任者18名)において実務の責任者であるサブリーダーの任務に就く。
「当時はまだ内部統制といった概念が米国から上陸してきたばかりで、制度だけが決まり、細かな実務や、外部監査を行う監査法人の取組み方法もなにも決まっていないまま、企業にしてみれば内部統制とは何かさえわからないまま、制度対応が始まったという感じでした」
そのなかで、「財務報告に係る内部統制の報告制度」が、2008年の4月から義務化されるという締切りだけが決まった。五里霧中のなか、実質1年ほどの準備期間しかない。前川たちの猛勉強が始まった。
「米国に上場している会社は別ですが、日本の企業が取り組むのは初めてだったということもあり、まったく右も左もわからないので、コンサルタント会社や監査法人にいろいろアドバイスをもらい、指導をあおぎながら、我々がやらなければならないことはなにか、我々に足りないものはなにかという大課題を確認しつつ、エア・ウォーターグループに合うモデルやその方向性を検討したうえで、とりあえず前へ進めていこうということになりました。しかし、やってみると社内の多くの課題が見えてきて、思った以上に大変でしたね」
前川は実務の責任者として、エア・ウォーター本体及びグループ会社全社の業務フローのチェック・整備を進めるとともに、内部統制とはどういうことで、なにをどう取り組んでいくかといった事柄を全社に浸透させていたかければならないというミッションを担っていた。当然、さまざまな苦労もあったに違いない。
「そうですね。全体に理解をいただいて、グループ全体を動かしていかなければならないものですから、まず経営陣への説明、そのうえでグループ会社の方々を招集し全体説明するといった段取りが必要でした。プロジェクトとしては、2008年の4月には第2フェーズに入り、グループ会社も含め総勢50名ほどの所帯となりましたが、やるべきことが多すぎて、日々仕事に追われている状況でした。全体説明に向けた資料の制作、プロセスの文書化、監査法人との協議などは主に私が担当しましたが、全体の進捗や作業のバランスを考え、各社・各部署との連携もとりながら全てを確実に遂行していくのは正直大変な作業でしたね」
「財務報告に係る信頼性を確保するための内部統制システムの構築と確立」を目的に定め、実質2年を費やしたプロジェクトは、本年4月からの法制化に対応してエア・ウォーター本体及びグループ会社全社においていよいよ本番年度に入った。 2008年6月末でプロジェクトは解散したが、前川の作業がまだ完了したわけではない。
「今年度末に内部統制報告書を出し、監査人から「内部統制監査報告書」をいただくまでには、おそらくいろいろな問題が出てくると思います。それへの対応が必要です。会社からもその対応と、それを含めた内部統制システムを軌道に乗せることを命ぜられています。今までは構築期でしたが、これからは実際にシステムが動いているなかでの不備の早期発見と解決、新たな課題への対応方針を決めて迅速に行っていく検証期といえます。しっかりと軌道に乗せるために、私の仕事はまだまだ無数にあります」
内部統制システム立ち上げの中心メンバーとして活躍してきた前川はプロジェクトをとおして何を得たのだろう。
「当初は、企業財務の透明性を図るために、ここまでしなければいけないのかという思いは正直ありましたが、IR対策を含め、社会もだいぶ変わってきています。財務報告をとおして企業の統制環境、事業の中身、事業の動きを社会にディスクローズしていくことは、これからを生きていく企業にとっては非常に大事なことであり、日本における内部統制の法制化はその意味でいい機会だったんだと思います。また、私自身、今回のミッションを通じて数多くのノウハウやスキルを養うことができました。事業や経営をマクロで、あるいはミクロの統合のなかで見ていく視点を身につけさせていただけたと思います」

前川にとってエア・ウォーターとは?そして10年後は?

写真:前川譲治営業を希望しながら、財務、管理全般、そして内部統制プロジェクトと、この14年でさまざまな変遷をたどってきた前川は、エア・ウォーターという会社をどのようにとらえているのだろう。
「若い人材にチャンスをどんどん与えてくれる会社、勉強の機会をたくさん与えてくれる会社ではないでしょうか。何かをやりたいと手を挙げれば、仕事は山ほどまわってくる会社です」
とはいえ、失敗を気にするあまり、意欲があっても手を挙げることに躊躇してしまう、考えすぎて一歩を踏み出せないことがあるのもまた人の常だが…
「考えすぎると何もできません。とにかくやってみてとりあえず前に進むことが大事ですね。そこで課題が出てきたらひとつひとつ解決していけばいい。もし間違ったやりかたや方向へ進もうとしていたら、周りの方々が議論を持ちかけ、より適切な方向へ修正してくれ、さまざまにサポートをしてくれます。エア・ウォーターはそういう組織というか、そういう社風の会社です。ある意味内部統制が有効に機能している会社ですね。だから、尻込みせずに何かを始める、そんな気質が社員にも浸透しているのではないでしょうか」
エア・ウォーターは、多岐にわたって事業に取り組んでいて、M&Aによって新たな事業も続々と広がっている。ダイナミックに動いているがゆえに、そこで働く人間にも時としてダイナミックな自己革新、成長が求められる。それを良しとするか、あるいは何も変わらず、何も変えずに、つつがなく企業人として過ごせればいいと願うか。前川は疑いもなく前者のタイプだろう。入社当時とは会社の形も大きく変わったが、この会社に入って本当に良かった、14年経った今でも毎日が面白いと前川は言う。
そんな前川は自らの10年後をどのように考えているのだろう。
「業務での専門性を高めていくという方も当然いらっしゃいますが、私の場合、これまでいろんな部門の方とお話をすることも多かったのですから、どこかに偏ってしまうと、自分としては仕事がうまくいかないかなと思っています。その意味では、専門性を高めるよりは全体を把握しながら、バランスのよい判断ができるように仕事に取り組んでいきたいと考えています。実は性分的に飽きっぽいというか、同じ事をずっとやるのが苦手なほうですので、何事にも興味を持ちながら、新たな視点、違った立場でいろいろな仕事にチャレンジしていきたい。自分の枠をさらに広げていくことができればと考えています」
前川は、「とりあえずやってみよう」の精神を大事にしたいという。自分に臆せず、自分で枠を作らず、とりあえずやってみることで何かが始まっていく。この14年間、常に新しい自分作りに挑戦してきた彼の歩みを象徴する言葉といえるだろう。

前川譲治の14年

1995年 経済学部経済学科卒業
1995年~ 財務グループ
1998年~ 北九州大同ほくさん(現北九州エア・ウォーター出向)
2003年~ 本社シェアードサービスセンター企画
2006年~ 経理部(内部統制プロジェクト)